見積書をChatGPTに貼ろうとして、送信ボタンの手前で手が止まる。そういう瞬間はありませんか。金額、取引先の名前、値引きの経緯。便利なのはわかっている。でも「これ、どこかで学習されて、よその会社の画面に出てこないか」。その一抹の不安で、結局コピーを消して、自分で打ち直す。時間だけが溶けていきます。
先日、OpenAIが米国で「Health in ChatGPT」という機能の順次提供を始めました。使う人が許可すれば、Apple Healthや通院先の医療記録をChatGPTにつなげる。飲んでいる薬、検査値、直近の受診、睡眠や運動まで見せて、自分の体のことを相談できる、という仕組みです(発表はこちら)。健康記録は、人が持つデータの中でもいちばん見られたくない部類でしょう。そこにOpenAIは一文を添えました。つないだ医療記録もApple Healthのデータも、それにまつわる会話も、基盤モデルのトレーニングにも広告のターゲティングにも使わない、と。
面白いのは機能そのものより、この一文の置き方です。いちばんデリケートなデータを扱うときに、会社が何を約束するかが前に出てくる。これは健康記録に限った話ではありません。あなたが見積書や顧客名簿を貼るときに、まさに気にしていた一点だからです。
で、あなたの会社はどうすればいい
Health in ChatGPTは、米国のユーザー向けに順次提供されている機能です。だから真似して健康記録をつなぐ話ではない。持ち帰れるのは、学習に使わないという約束はヘルスケアで連携した情報に限られていて、それ以外の会話には通常のモデル学習設定が適用される、という一点です。その設定は自分で変えられます。
ChatGPTの個人プランは、初期設定のままだと入力した内容が学習に使われる側に倒れていることがあります。一方でTeamやEnterpriseの法人向けプランは、既定で学習の対象外です。つまり同じChatGPTでも、どのプランでどう設定しているかで、貼っていいものの線引きが変わる。ここを知らないまま「なんとなく怖いから使わない」で止まっているとしたら、それはもったいないと考えられます。設定を一度確かめるだけで、安心して渡せる範囲が広がるからです。
具体で言えば、こういうことです。従業員名簿の住所や生年月日、取引先との契約書、まだ世に出していない新商品の仕様。この手の「外に出たら困る紙」を、AIに読ませて要約や下書きをさせたい場面は、中小企業ほど多い。人手が足りないぶん、一枚の資料から手早く要点を抜きたいからです。そのとき効くのが、今回OpenAIが健康記録で示したのと同じ考え方です。データを渡す前に、そのデータが学習に使われるのか、どこまで残るのかを、こちらが握っておく。ただし、今回明文化されたのはヘルスケアで連携した情報についての約束であって、仕事のデータがそのまま同じ扱いになるわけではありません。それ以外の会話には通常のモデル学習設定が適用されるので、その設定を自分で確かめておくことになります。
試してみるなら
まず、自分のChatGPTが学習に使う設定になっていないかを確かめます。画面の自分の名前を押し、設定(Settings)からデータコントロール(Data Controls)を開いてください。「Improve the model for everyone」のような項目があれば、それをオフにする。
一度きりの相談なら、一時チャット(Temporary Chat)が手軽です。一時チャットを使えば、その会話からメモリが作られません。使い捨ての相談室だと思ってください。
渡し方も工夫できます。名簿そのものを貼らず、こう頼む。「以下の顧客リストから、会社名は伏せて、地域と業種の内訳だけ表にしてください」。中身を出さずに、欲しい結果だけ受け取る。これだけで、渡す情報はぐっと減ります。
つまずきの先回り
一つ目。Health in ChatGPT自体を追いかけないこと。米国の18歳以上のログイン済みユーザーを対象に、順次提供されている機能です。ニュースの本体ではなく、そこに書かれたデータの扱い方だけを持ち帰るのが正解です。
二つ目。「学習に使わない」と「サーバーに残らない」は別の話です。設定をオフにしても、会話ログは不正利用の確認などのため一定期間は保管されます。完全に消えるわけではない、という前提で、渡すものを選んでください。
三つ目。設定をオフにしても、それまでの会話はさかのぼって守られるわけではありません。過去に貼ったものは過去のルールのまま。だから、線引きは早いほどいい。
最後にひとつ。今日できるのは、ChatGPTの設定を開いて、データコントロールの一項目を確かめるだけです。五分もかかりません。自社の情報をAIに渡すかどうかは、その一画面を見てからでも遅くないはずです。