月曜の朝、受信箱を開くと、週末のあいだに届いた問い合わせが五、六件並んでいます。見積もりの相談、在庫の確認、納期のこと。どれも急ぎではないけれど、放っておくわけにもいきません。コーヒーを一口飲んで、一番上のメールから返事を書きはじめる。ここまでは、たぶんどの会社でも同じ景色です。
つまずくのは、その次です。「お世話になっております」の先が、毎回止まる。相手によって言い回しを変えて、失礼がないか読み返して、送信ボタンの前でもう一度ためらう。一通に十分、五通で一時間近くが、朝のうちに溶けていきます。返信そのものは難しくないのに、なぜか速くならない。文才の問題ではありません。毎回ゼロから組み立てているのが、遅さの正体です。
返信が遅いのは、文才ではなく段取りの問題
問い合わせへの返信には、実は決まった骨組みがあります。あいさつ、相手の用件の受け止め、こちらの答え、次にどうしてほしいかのお願い、締めのひとこと。この五つの順番は、ほとんどの返信で変わりません。変わるのは中身だけです。
骨組みが毎回同じなら、毎回ゼロから考える必要はないはずです。書くのが速い人は、頭の中にこの型ができています。悩んでいるように見えて、実は当てはめているだけ。裏を返せば、型を外に出しておけば、その骨組みの部分はAIに任せられます。
会社の決まり文句を、いちど集めておく
ここからが本題です。AIに問い合わせの返信を頼むとき、多くの人は「丁寧な返信を書いて」とだけ頼みます。それだと、どこかで読んだような、ありきたりな文章が返ってきます。あなたの会社の色が、まるで出ません。
足りないのは、会社の決まり文句です。「いつもありがとうございます、〇〇の田中です」で始める癖。見積もりは「三営業日ほどで」と返す習慣。断るときの「今回は見送らせていただきます」の言い回し。社内では当たり前になっている言葉づかいを、いちど紙かメモに書き出しておきます。これをAIに渡すと、返信は一気に「うちのメール」に近づきます。
集め方は簡単です。過去に自分が送った返信メールを、送信済みフォルダから十通ほど選んで眺めるだけ。よく使う言い回しに線を引いていくと、自分の決まり文句が見えてきます。それが、あなたの会社の声です。
たとえば同じ「見積もりのお礼」でも、決まり文句を渡さないと「この度はお見積りのご依頼を賜り、誠にありがとうございます」と、よそゆきの服を着て返ってきます。自分の言い回しを渡せば「お問い合わせありがとうございます、〇〇の田中です」で始まる、いつもの調子に変わります。中身は同じでも、開いた相手が受ける手触りが違います。手間は同じ、感じが違う。ここが、集めておく値打ちです。
試してみるなら
ひとつ目。まず、決まり文句を一枚にまとめます。送信済みメールから、あいさつ・受け止め・お願い・締めの四種類を、それぞれ一つずつ書き写すだけで十分です。完璧を目指さず、五分で。
ふたつ目。届いた問い合わせメールの本文をコピーして、AIにこう頼みます。「次の問い合わせに返信する下書きを作ってください。会社のいつもの言い回しはこれです(ここに決まり文句を貼る)。丁寧すぎず、三段落まで、納期は三営業日で答えてください」と入力してみてください。骨組みと決まり文句の両方を渡すのがコツです。
みっつ目。AIが作るのは下書きまで、送るのは人。ここだけ先に決めておきます。出てきた下書きは、そのまま送らずに一度だけ読みます。直したい所を「二段落目、もう少し柔らかく」と一言で頼めば、その場で直ります。二、三回のやり取りで、送れる形になります。無料のChatGPTやGeminiでも、ここまではできます。
なお、最初からすべての種類を下書き化しようとしなくて大丈夫です。いちばん数の多い問い合わせ、ひとつだけから始めます。料金の質問が多いなら、それだけ。効いたと確かめてから、種類を増やせばいい。
つまずきの先回り
来週あたり引っかかりそうな点を、先に書いておきます。
まず、金額や納期をAIに考えさせないこと。AIは、渡していない数字を、それらしく埋めてしまう癖があります。見積額や日付は、自分で書き入れる欄として空けておくか、頼むときに正しい数字を渡してください。ここを任せると、事故になります。
次に、決まり文句を貼るときの線引きです。取引先の名前や個人情報を、そのままAIに貼るのは避けたほうが無難です。「〇〇様」のように伏せて渡し、送る直前に自分で埋めます。会社でAIを使うときの情報の線引きは、いちど三行のルールにしておくと、毎回迷わずに済みます。
最後に、返ってくる文章が丁寧すぎることがあります。AIは放っておくと、やたらとかしこまります。「もう少し普段の言い方で」と一言添えるだけで、いつものメールの温度に戻ります。
明日できる小ささ
明日の朝、返信を書く前に、送信済みフォルダから自分のメールを三通だけ開いてみてください。よく使う言い回しに、心の中で線を引く。それだけで、あなたの決まり文句の輪郭が見えます。集めるのは、そのあとでいい。まずは、自分がもう型を持っていることに気づくところから始めます。返信を軽くする手伝いの中身は、AI導入支援のページにも載せています。