金曜の夕方、社員が取引先へのお詫びメールをAIに下書きさせている。文面はよくできていて、あとは宛名を直せば送れる。送信ボタンの前で、一人がふと手を止めて言う。これ、相手にAIが書いたって、分かるものなんですかね。この一年、その答えはだいたい「まず分からない」でした。今週から、その答えが少しだけ変わります。
Anthropicが8月14日、Claudeが作った文章に見えない目印を入れる仕組みを公表しました(How Claude's text watermark works)。人の目には、ふつうの文章とまったく区別がつきません。単語をどれにするか迷う場面で、選び方にごく薄い癖を仕込み、その癖を後から機械で読み取る、という理屈です。EUの新しい表示ルールに合わせた措置で、地域を限らず世界中の出力に一律で入ります。読み取り用の窓口も後から用意される予定で、社員が設定でオフにすることはできません。
ここで慌てて、AIの使用をやめる必要はありません。目印が入るのはClaudeが書いた文章であって、あなたの会社が悪いことをした印ではないからです。落ち着いて受け止めるための一段が、この発表の使いどころだと考えられます。
見えない目印は、何を確かめるためのものか
大事なのは、この目印が確かめるのは「Claudeが関わったらしい」までで、誰が書いたかや、人かAIかまでは分からない、という点です。つまり社員の名前が漏れるわけでも、どの会話で作ったかがたどれるわけでもありません。透かしそのものに、身元の情報は入っていないと説明されています。
とはいえ、流れとしては一つはっきりしたことがあります。AIが書いた文章を、後から機械で見分ける道具が、大手の側から標準で載り始めた、ということです。今はClaudeの一社ですが、この向きが業界全体に広がっていくと見るのは、一段の推測として自然でしょう。だとすると、うちの会社が先に決めておくべきは、技術の中身ではありません。お客さんや取引先に対して、AIで書いたと言うのか、黙っておくのか。その一行の方針です。
多くのつくばの中小企業では、ここがまだ曖昧なまま走っています。ある社員は正直に「AIで下書きしました」と添え、別の社員は何も言わない。会社としての線が無いと、判断が人によってばらつきます。目印が入る時代に効いてくるのは、この社内のばらつきの方だと考えられます。後から誰かに指摘されて慌てるより、先に一行だけ決めておく方が、はるかに楽です。
方針は、立派なものでなくて構いません。たとえば、社外に出す文章はAIで下書きしても最後は人が読んで直す、と決める。開示するかどうかは相手や場面で分ける、と決める。決めたことを一枚のメモにして共有しておけば、それで今日の分は足ります。
試してみるなら
まず、いま使っているAIに、自社の方針のたたき台を作らせてみてください。ChatGPTでもClaudeでもGeminiでも構いません。次の文をそのまま貼ります。
「当社は従業員5名の建設会社です。お客様への文章作成にAIを使う場合の社内ルールを、3行以内で作ってください。『AIで書いたと開示するか』の方針を一行は入れて、堅い言葉は避けてください」
出てきた3行を、そのまま採用しなくて構いません。自分たちの言葉に直して、社内チャットに固定しておけば十分です。
もう一つ、AIの下書きを人の手で仕上げる練習も貼れます。下書きをAIに書かせた後、こう続けてください。
「この文章を、私がふだん取引先に送るような、少しくだけた丁寧語に書き直してください。専門用語は一つずつ日本語にほどいてください」
手を入れるほど文章はあなたの声に近づき、結果として機械的な癖も薄れていきます。仕上げに人が触ることには、こういう副次的な意味もあります。
つまずきの先回り
この目印は、万能ではありません。短い文章や、決まった言い回ししか無い事務的な文、それにプログラムのコードでは、選ぶ余地が少ないので目印が薄くなる、と説明されています。逆に言えば、一言二言の返信に神経質になる必要はないということです。
次に、目印は編集で消えます。人が大きく書き直せば目印は残りません。ですから「透かしが出ない=人が書いた証拠」にはならない点に注意が要ります。他人の文章を疑う道具として使うと、当てが外れます。
三つめ。読み取り用の窓口はまだ整備の途中で、公表時点では細かい仕様が固まっていないと書かれています。今日いきなり誰かがあなたの文章を判定できる、という段階ではありません。
最後に、これはClaudeの話であって、すべてのAIに同じ目印が入るわけではありません。会社によって対応はばらばらです。だからこそ、外の技術を追いかけるより、うちが「言うか黙るか」を決める方が、手が届いて長持ちします。
明日の朝、社内チャットに三行のメモを一枚貼る。今日できる小ささは、それくらいで十分です。