会議が終わって、録音だけが残った。あとで文字にすればいい、と思ったまま数日が過ぎる。いざ再生すると、取引先の社名が知らない言葉に化けている。二人が同時に話した箇所は、まとめて一人のセリフになっている。結局、耳で聞き直して手で打ち直す。それなら最初から自分でメモを取ったほうが早かった、と机の前でため息が出る。録音の便利さは、いつもこの一歩手前で止まる。
そのあたりを狙った発表が、七月の末にあった。OpenAIが、音声を文字にするAIを二つ新しくした。録音ファイル用の GPT Transcribe と、しゃべっている最中に文字にしていく GPT Live Transcribe。前より雑音に強く、複数の言語が混ざっても崩れにくいという。面白いのは、聞き取ってほしい固有名詞を先に渡しておける点だ。社名や商品名、地名を一覧で預けておくと、そこを手がかりに書き取る。詳しくは開発者向けの説明ページ(GPT Transcribe)にある。
ただ、これは開発者がプログラムから呼び出すための部品で、うちの会社が今日その画面を開くわけではない。では、何が変わるのか。私たちがふだん使う議事録アプリや文字起こしサービスは、たいてい裏側でこういうAIを借りて動いている。そこが差し替われば、同じアプリを使い続けていても、書き起こしの精度が少しずつ上がっていく、と考えられます。
二つに分かれているのも、現場に引き寄せると意味が見えてくる。録音ファイル用は、終わった会議の音源をまとめて文字にする用途だ。夜のうちに預けて、朝には議事録の下書きがある、という使い方に向く。もう一方のリアルタイム用は、しゃべっているそばから文字が出る。電話の応対や、その場での聞き取りを想定したものだ。うちの困りごとが「録りためた音源の山」なのか、「今まさに聞き逃せない会話」なのかで、効いてくる側が変わってくる。
とりわけ効きそうなのが、あの固有名詞の登録だ。建設でも製造でも、その業界にしか通じない言葉がある。人の名前、取引先、型番。汎用のAIが一番取りこぼす場所が、そこだ。前もって教えられる仕組みは、専門用語だらけの現場ほど助かるはずだと考えられます。文字起こしの手直しが、社名の打ち直しばかりだった人ほど、その差を感じる場面が増えるかもしれません。
試してみるなら
- 今使っている文字起こしアプリの設定を開いて、「用語登録」「カスタム辞書」「単語リスト」といった項目を探してみてください。あれば、社名・取引先・よく出る型番を先に入れておく。それだけで、化けの手直しがずいぶん減ります。
- 録音の質を上げるのが、実は一番効きます。スマホを話す人の近くに置く。エアコンの真下を避ける。これだけで元の音がきれいになり、AIの負担が軽くなる。無料でできて、効果が大きいのはこちらです。
- 文字起こしのあとの整理も任せられます。ChatGPTなどに書き起こしを貼って、「この文字起こしから、固有名詞の一覧を作ってください。表記が揺れている箇所は、候補を並べて教えてください」と入力してみてください。どこを直せばいいかが、先に見えます。
つまずきの先回り
- 今回の発表は開発者向けで、今日あなたのアプリの画面が変わるわけではない。使っているサービスが取り込むまでには時間の差がある。「文字起こしが新しくなりました」という告知を待つのが現実的だ。
- 雑音に強くなったとはいえ、店の奥のようなざわついた場所では限界がある。大事な会議は、静かな部屋で録るに越したことはない。
- 複数の言語が混ざる会話に対応するといっても、なまりの強い日本語まで底なしに読み取れるわけではない。最後に人が一度目を通す一手間は、当分は残ると見ておくと安全だ。
- 一番大事なのが、録音を「どのサービスに渡すか」だ。お客様の個人情報や社外秘が入っているなら、そのサービスが音声を学習に使わない設定になっているかを、契約や設定画面で確かめてから渡す。ここだけは、便利さより先に片づけておきたい。
まずは、次の会議の録音を一本、いつものアプリに固有名詞を登録してからかけてみる。うまくいったら、社内で使う用語の一覧を一枚作っておくといい。次からは、それを貼るだけで済む。それで机の上の打ち直しが数行でも減れば、今日の十分は取り返せている。