夕方の事務所。作業着のまま椅子に腰を下ろして、手帳を開く。今日行った現場、先方の担当者が言ったこと、直した箇所、次に持っていく部品。走り書きが十行ほど並んでいる。ここまでは十分もかかっていない。重いのはこの先です。

この走り書きを報告書の形に直す。「〜を実施いたしました」「〜のため、〜と判断しております」。書き出しで手が止まる。一行目をどう始めるかで十五分が溶けて、気がつくと窓の外は暗い。中身は頭の中に全部あるのに、文章にする工程だけが妙に重い。これは能力の話ではありません。工程の話です。

重いのは中身ではなく、体裁のほう

報告書づくりは、二つの作業が団子になっています。ひとつは思い出す作業。今日何をして、何が分かって、次に何をするか。もうひとつは並べ替える作業。それを他人が読む順番に直し、敬語をかぶせ、抜けている前提を補う。

きついのは後者です。思い出す作業は現場を歩いた本人にしかできませんが、並べ替える作業には代わりがいます。二つを団子のままにしておくと、一行目から完成形を書こうとして固まります。書けないのではありません。二つ同時にやろうとして詰まっているだけです。

だから順番を変えます。先に、思い出す作業だけを終わらせる。箇条書きで、雑に、他人には見せない前提で出し切る。日付、社名、金額、部品名、相手の言葉。単語のままで構いません。そのあとで、並べ替える工程をAIに渡します。

AIに埋めさせていいもの、埋めさせてはいけないもの

ここに線を一本引いておきます。渡していいのは、つなぎの言葉と体裁と順番です。渡してはいけないのは事実です。日付、数量、金額、固有名詞、相手が言ったこと。これはこちらが出します。

出していない事実を、AIはそれらしく埋めてしまうことがあります。悪意ではなく、文章として自然になるように埋めるのが仕事だからです。「安全確認を実施のうえ」といった、書いていないのに収まりのいい一文が紛れ込む。読み飛ばせば、その報告書はこちらの名前で嘘をついたことになります。なぜそうなるのかは「AIの答えが間違う理由」に書きました。

なので、頼むときに一言添えます。書いていないことは足さないでください、と。

試してみるなら

走り書きは、清書せずにそのまま使います。ChatGPTでもGeminiでもClaudeでも、画面の下にある入力欄に次の文を貼って、その下に自分のメモを続けてください。

「あなたは私の同僚です。以下は今日の現場メモです。社内向けの作業報告書にしてください。条件は三つ。メモに書いていない事実は足さない。判断がつかない箇所は(要確認)と書く。長さは四百字ほどで、ですます調でお願いします。」

入力欄の中で改行するときはShift+Enterです。Enterだけだと、書きかけで送信されます。スマホなら入力欄の横のマイクの印を押して、車に乗る前に喋ってしまうのが早い。話し言葉のままで大丈夫です。整えるのは向こうの仕事です。

二回目からは、体裁を固定できます。前回の報告書を一本まるごと貼って、「この形式に合わせて、以下のメモを報告書にしてください」と頼む。見出しの並びも言い回しも、社内で見慣れた形に寄ります。ゼロから型を決めるより、すでにある一本を見本として渡すほうが速い。

出てきた文章が長すぎたら、そのまま「もっと短く、三行で」と打ちます。会話は続いているので、メモを貼り直す手間はいりません。

つまずきの先回り

事実の混入を、翌週いちばん踏みます。数字と固有名詞だけは、出てきた文章を指でなぞって照合してください。AIに書かせたことが社内で見つかるのが痛いのではありません。間違った報告書が回るのが痛いのです。

顧客名と住所の扱いも、先に決めておきます。無料のプランでは、入力した内容がモデルの改善に使われる設定が初期状態のことがあります。設定画面のプライバシーの項目で切り替えられますが、迷うなら社名をA社、担当者をB氏に置き換えて貼る。この置き換えは三十秒で済みます。

文体が丁寧すぎるのも、よくある行き止まりです。AIの初期の口調はやや硬く、社内の日報に出すと一人だけ入社式の格好で来た人のように浮きます。前回の報告書を見本に渡す方法が、いちばん手っ取り早い矯正になります。

そして本当の壊れ方は、指示文を毎回打ち直すのが面倒になって、二週間で元に戻ることです。上の頼み方の文はメモ帳に一枚保存して、貼るだけの状態にしてください。同じ発想で、問い合わせ返信の型も一枚にまとめています(→ 問い合わせメールの返信、型から作ると速い。AIに渡す「会社の決まり文句」の集め方)。

明日、八行だけ

明日の現場から戻ったら、報告書を書こうとしないでください。箇条書きだけ書く。八行でいい。誰にも見せないので、単語でいい。

そこまでやったら、その八行を文章にする工程を、自分で書くか、人に渡すか、AIに渡すかを選べばいい。選べる状態にしておくことが、今日いちばん小さくて効く一手です。夕方の十五分は、一行目を睨むためにあるのではありません。