午前十時、事務所の電話が鳴ります。駐車場はどこですか。今日は何時までですか。先週の見積もりの件で。手が離せないときに限って、三件続けて鳴る。そして出るのは、たいてい社長か、その隣に座っている人です。
7月22日、OpenAIがPresenceという仕組みを発表しました。会社の電話やチャットの一次対応を、AIが受け持つためのものです。ただ喋るだけではありません。社内の仕組みを見に行き、決められた範囲の手続きまで進め、そこから先は人に回す。OpenAI自身の英語の電話サポートですでに動いていて、寄せられた用件の四分の三ほどは人の手を借りずに片づいていると書かれています(OpenAIの発表)。
先に、はっきり書いておきます。これは条件を満たした大企業向けの限定提供です。OpenAIの技術者が入って組み立てる形で、申し込んで翌日から使える類のものではありません。つくばの十人の会社に営業が来ることは、当面ないと考えられます。
それでも設計図のほうは読める
自分に関係ない発表だと閉じてしまう前に、一箇所だけ見ておく価値があります。発表文には、AIに窓口を任せるにあたって何を決めたかが書かれています。整理すると三つです。その仕事に必要な知識だけを渡す。その仕事に必要な権限だけを渡す。どこから先は人が出るのかを、先に決めておく。
これは、新しく入った人に電話番を頼むときのメモと同じ形をしていると考えられます。世界で一番進んだ会社が、電話に出る役を新人に引き継ぐのと同じ手順を踏んでいる。順番は、道具が先ではありませんでした。渡す中身を決めるのが先です。
引き継ぎメモが無い会社は、AIにも頼めない
電話に出るのが実質ひとり、という会社は珍しくありません。値段も、納期の目安も、どの取引先が何にうるさいかも、その人の頭の中にあります。頭の中にあるうちは、パートさんにも渡せません。当然、AIにも渡せません。
だから、AIを探すより先にやることがあります。窓口の中身を、いったん紙に出すことです。書き出す材料は三つで足ります。
- よくかかってくる用件を、多い順に十個
- それぞれの答え(値段、時間、場所、期間の目安)
- これは自分が出る、の線引き(苦情、値引きの相談、初めての込み入った引き合い)
三つ目が一番大事です。Presenceの発表文でも、いつ人に代わるかを会社側が決めると書かれていました。AIに任せる話は、任せない範囲を決める話とセットになっています。
試してみるなら
紙が溜まってからで構いません。一週間分の電話メモを写真に撮り、ChatGPTやGeminiの無料の範囲に読ませてみてください。手書きのメモの片づけ方は「電話メモが机で迷子になる。写真に撮って、AIに折り返し表へ直す」にも書きました。
用件を並べ直すときは、こう入力してみてください。
「これはうちの会社にかかってきた電話の記録です。用件の種類ごとにまとめ、多い順に並べてください。それぞれについて、答えるために手元に必要な情報も一行で書いてください。」
答え方の型を作るなら、用件を一つずつ渡します。
「次の用件に電話で答えるときの言い方を、三十秒で話し終わる長さで書いてください。専門用語は使わず、こちらから確認しておくべきことも一つ入れてください。用件は、納期の目安を知りたい、です。」
営業時間外の留守番電話を吹き込み直したいときは、こうです。
「営業時間外の留守番電話のメッセージを、二十秒で読める長さで三案書いてください。折り返しの目安と、急ぎの場合の案内を入れてください。」
操作は、ChatGPTなら画面下の入力欄に貼るだけです。紙のメモを送るときは、入力欄の左にあるクリップの形のボタンから写真を選びます。
つまずきの先回り
一つ目。Presenceそのものを探しに行かないことです。名前で検索しても、自分で申し込んで試す入口はありません。中小企業が手を出せるのは、電話会社やクラウド電話の自動応答など、別の系統の道具になります。
二つ目。通話の録音や電話メモをAIに貼る前に、一拍置いてください。取引先の会社名、担当者の名前、携帯番号がそのまま入っています。無料の窓口に貼るなら、そこは伏せてからにする。中身の分類をしたいだけなら、名前は伏せ字のままでも用は足ります。
三つ目。最初から全部の電話をAIに、と考えないほうが無難です。一次対応は会社の顔で、間違えたときに信用へ響きます。始めるなら、営業時間と場所と基本料金の三つだけ。ここは間違えようがない、という範囲から広げます。
四つ目。書き出したメモは古くなります。値段や営業時間が変わったのに直し忘れると、半年前の答えを喋り続けることになる。紙でも表計算でも、更新した日付を隅に入れておいてください。
大企業に配られ始めた道具は、いずれ形を変えて下りてきます。そのとき差がつくのは、契約の早さではなく、渡す中身が用意できているかどうかだと考えられます。
明日できることは、ひとつです。電話を切るたびに、卓上のメモ用紙へ用件を五文字だけ書き残す。駐車場、営業時間、納期、見積もり。それだけです。一週間経つと、紙が溜まります。その紙束が、うちの窓口の仕様書の一枚目になります。