つくばで、去年やっと社内にAIを一つ入れた、という会社は少なくない。議事録の下書きでも、問い合わせメールの手直しでもいい。現場がようやく慣れてきた頃に、ニュースで「あのAIの会社、トップ交代」と流れてくる。すると、手が止まる。この道具、来月も同じように使えるのか、と。慣れた頃に限って、外から不安が飛んでくる。
先日、Googleがその手のニュースを一つ出した。Geminiというアプリを作っているGoogle DeepMindという部門で、長く指揮してきたDemis Hassabisが日々の運営から退き、Chair(会長)と親会社Alphabetの主席科学者に回る。代わりに現場を束ねるのは、社内で13年やってきたKoray Kavukcuoglu。さらに、Googleに27年いたJeff Deanが会社を出て、新しい研究会社を立ち上げる。中身はGoogleの発表に載っている。発表そのものは、Geminiのアプリが月に9億5000万人以上に使われている、といった威勢のいい数字も並ぶ、前向きな文章だ。
ここで真に受けたいのは、見出しの派手さではない。その裏で「何も変わらないもの」の方だ。
交代したのは会社の体制で、あなたの道具ではない
あなたが議事録の下書きに使っているAIは、作っている会社のトップが誰であっても、明日の朝も同じボタンで動く。作り手の組織図が変わることと、手元の道具が使えなくなることは、別の話だと考えられます。今回の件も、Hassabisは会社に残り、役割が変わっただけ。看板を下ろしたわけではない。
とはいえ、去年の記憶がある人もいる。ある海外のAIが一度、急に止まった時期があった。だから不安そのものは、もっともだ。ただ、その備えは「ニュースが出るたびに反応する」ことではなく、「たまに棚卸しする」ことで足りる。毎回身構えていたら、こちらの仕事が進まない。
一段だけ翻訳すると、こうなる。作り手のトップ交代は、あなたの乗り換え判断の材料にはならない。材料になるのは、その道具が今日のあなたの仕事を片づけてくれるかどうか、その一点だけだ。見出しに合わせて乗り換えると、増えるのは慣れ直しの手間だけになる。
包丁の会社で社長が代わったからといって、翌日から別のメーカーの包丁に持ち替える板前はいない。切れ味が同じなら、握り慣れた方がいい。AIの道具も、そこは近い。
試してみるなら
道具の棚卸しを、10分だけやってみる。
- 紙でもメモ帳アプリでもいい。いま会社で使っているAIの道具を、思いつくだけ書き出す。ChatGPTでも、Geminiでも、Copilotでも、名前が出てこなければ「議事録のやつ」で構わない。
- それぞれの横に、何の仕事をさせているかを一行で足す。「打ち合わせの下書き」「見積メールの手直し」といった具合に。
- いま使っているAIに、こう聞いてみるのも早い。「私は中小企業の経営者です。社内で使っているAIツールの棚卸し表を作りたいので、書き出すとよい項目を5つだけ挙げてください」と入力してみてください。返ってきた項目を、さっきのメモに足す。
これをやっておくと、次にトップ交代のニュースが来ても、「うちが本当に使っているのはこれとこれ」と手元で確かめられる。ニュースの大きさと、自分の会社への影響の大きさが、別物だと分かる。
つまずきの先回り
- 「トップが辞めた イコール そのAIが危ない」ではない。今回のGoogleの件も、去っていく人がいる一方で、道具そのものが明日消えるわけではないと考えられます。見出しの動詞(退任、交代、独立)の強さに引っ張られないこと。
- 無料で使っている道具ほど、予告なく仕様が変わることはある。これは経営者の交代とは別の理由で起きる。だから、業務の背骨になっている作業は、無料の一本足で立たせない。同じ用が足せる道具を、頭の中でもう一つ持っておくと安心だ。
- 「いつも最新で一番強いAIに乗り換える」のが得とはかぎらない。新しいモデルの名前が出るたびに移ると、社内の慣れが毎回振り出しに戻る。乗り換えるのは、今日の不満(遅い、的外れ)がはっきりしてからで遅くない。
今日できるのは、この手のニュースを一本、途中で閉じることかもしれない。そして代わりに、さっきの棚卸しメモを一行だけ書く。作り手の交代は、遠くの会議室の話だ。あなたの仕事は、目の前の道具が今日も動くかどうか。動いているなら、それでいい。